「いえもんどの、よくも、このわたしに、どくをのましたな」
田宮伊右衛門の耳に、岩の恨み声が聞こえてきた…。
怪談映画の名作の呼び声が高い一作、にっぽんの夏、怪談の夏、ではないが、過ぎ行きつつある今年の夏に足跡を残すかのように、8月の末日に鑑賞してみる。
浪人の田宮伊右衛門(天知茂)、開巻早くも、人を斬ってしまう。
岩(若杉嘉津子)はお前には嫁にやらんと、岩の父親に断られ、ののしられて、かっとなった伊右衛門。
父親ばかりか、お付の者2人も斬る。しょっぱなから、これでは、後の悲劇もやむをえまいというもの。
なおも、下男の直助(江見俊太郎)なる小悪党にそそのかされ、深みにはまる伊右衛門。
夫婦となり、親の仇(かたき)を求めながら、江戸で貧乏暮らしの伊右衛門と岩。仇が実は、わが旦那さまとは、知るよしもない岩である。
伊右衛門は、仕官のために、ある家の娘(池内淳子)と一緒になろうとして、岩が邪魔になってくる。
そして、飲めば顔がただれて崩れる毒薬やら、あんまと岩との不義密通を仕組む悪だくみやら、と話は進んでいく。
毒を飲んだあとに髪をすくと、ごっそりと髪の毛が抜け落ちて血がしたたる「髪梳き」、戸板の裏表が引っ繰り返って、打ち付けられた、あんまと岩が交互に現われる「戸板返し」。歌舞伎でおなじみの名場面が。

ニヒルながら優柔不断、亡霊に翻弄され、最後は謝罪しながら死んでゆく浪人、伊右衛門を演じた天知茂、小悪党の江見俊太郎ともに、はまり役。
76分に凝縮された、やはり、怪談ものの傑作といっていいのだろう(他にあまり怪談を見ていないので比較できない)。
なんともいえない風格と味わいあり。
(8月31日)
1959年作品
監督 中川信夫
出演 天知茂、若杉嘉津子、江見俊太郎、北沢典子、池内淳子、大友純
参考:東海道四谷怪談@映画生活、ウーマン・エキサイト・シネマ
評価☆☆☆★(3.5点。満点は5点)
お岩は哀れですが、伊右衛門は悲しい。おしなべて人間は悲しく、その悲しさが美しい映像に沈潜していましたね。
欲望は人間をとんでもない狂気へと導くものだと思います。