「覘き小平次(のぞきこへいじ)」 京極夏彦 - 2005.02.18 Fri
本作は、山本周五郎賞を取っている。
幽霊の役をやらせると絶品という役者、小平次。だが、他の役はまるで駄目、あげくに破門されてしまっている。
存在感が薄く、普段は押し入れにこもって、ふすまの隙間から世間を覗くばかり、という何とも変な人物。
そんな男に、奥州での芝居興行の話が持ち込まれる。しかし、その話には何か裏があるらしい…。
元ネタは、山東京伝の「復讐奇談安積沼(ふくしゅうきだんあさかのぬま)」であるらしい。
巻末の「関連文献」を見ると、鶴屋南北、式亭三馬、河竹黙阿弥、といった有名な名前が並んでいて驚いた。じゃあ、けっこう有名な話なんだ?
関連文献リストには、鈴木泉三郎「生きている小平次」というのもあって、このタイトルは聞いたことがあるなあ、と気がついた。映画にもなっていたのだ。
登場人物たちの多くは、反応を示さない、感情を表さない、この幽霊みたいな存在の男が理解できず、不安になり、自分の心を覘かれているような気にもなるのだろう。果ては、まるでそこに自分の弱さの鏡を見るように、恐れ、おののき、怒る。
物語の中に、他の京極作品の、「あの面々」が登場してくるのも面白い。なるほど、そういうふうに使えるか。
小平次の妻、お塚が、なんとも格好いい女である。
彼女もやはり、小平次に覘かれていることに苛立ちながら暮らしている。(一応は夫婦の形だが、覘き覘かれ暮らしているだけ、これはなんという異常な状態なのだろう。)
小平次のことが嫌いだ嫌だ、憎いのだと言いながらも、どこかで、そうでもない空気が窺える。
それにしても、お塚の啖呵は痛快だ。一例をあげると…
「さっきから聞いていりゃぐだぐだと、己勝手なことばかり。少しは気骨があるかと思うた妾(あたし)の見込み違い、安達多九郎、小平次に勝るとも劣らない痴れ者だよ」
「荒神棚が聞いて呆れる。お前なんざ吊っちゃ落ち吊っちゃ落ちの役立たず、荒神様も落っこちて竈(かまど)の灰被りだわえ。…」
かっこいい…。惚れるぜ。
他にも、この文章などは、どうだ。
ヤレ芝居道楽の色狂い、舞台の立役に横恋慕、金に飽かして搦め捕り、躰に飽かして溺れさせ、終に寝取ったのじゃという噂。…(もっと続きます)
まるで芝居か歌舞伎か、というような、ぽんぽんとしたテンポのいいセリフのやりとりも素晴らしく、(単行本だというのに、)場が変わるところで、幕までも降りるのである!
小平次の周囲の野郎どもは、じたばたするばかり。それも悲しく読者の心に沁みる生き方なのだが。
くらべてみれば、最後には、お塚は、生きる覚悟が違ったのだ。
もしもそんなふうに彼女に言ってみたところで、たぶん、「そんな小難しいこと、妾にゃわかりゃしないよゥ」と言われそうだ。
変わっちゃいるが、大層、見事なラブストーリーである。
「覘き小平次」について書かれているブログはあまり見つけることができなかったが、「BORN TO RUN」様(自分の頭の中のものを言葉にすること、を私も考えました)、「SOYGRAPH」様(不器用でも自分の生き方を貫く、というのは感動しますよね)、「読書の間」様(京極作品、私もたくさん読んでます)にトラックバックさせていただきます。
● COMMENT ●
TBありがとうございますvv
>茶猫さん
京極さんの本は面白いですよね。長いものが多いですけどねえ。
「ルー・ガルー」も、変わっていて面白かったです。HPのほうの読書短評にいくつか京極作品がありますので、よろしければどうぞ。
映画短評も読んでいただいて、ありがとうございます。そんなに参考にはなりませんけれど…。
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「映画短評」拝見しました。「オペラ座の怪人」近々観に行きたいと思います。拝見していて色々と観てみたいなと感じましたので これからの参考にさせて頂きたいと思います。