「バベル」 - 2007.05.03 Thu

アカデミー賞をにぎわせた注目の作品(とはいえ、受賞したのは音楽賞だけだが)、公開初日に行ってきましたよ。
特典はリストバンド。「BABEL」という文字の他に「LISTEN(聞きなさい)」の字も入っている。うー、こんなの要らないのに…。誰が使うんだ、もったいない、という気持ち。
イニャリトゥ監督は、ものごとを時間の順に並べずに見せ、しかも、いくつもの違った国での場面を次々に切り替えて描く。こういうのが好きらしい(脚本のギジェルモ・アリアガのせい?)が、本作は、それでも過去の作品「21グラム」などに比べたら分かりやすかったと思う。
私がこの方式で感じるのは「混沌(こんとん)」とか「運命」。
つまり、ものごとは人間が自分でしようと思ってやっていることばかりではない。思いがけない出来事が襲ってくることがあり、それは世界の中で、どこであっても、否応なく進んでいく。時間のとおり順番に並べようが、でたらめに並べようが、起こることは混沌の中にもかかわらず起きているのだ。
人間はそれに、どう対処しうるのか。
そうした世界を表現するには、イニャリトゥ監督のとる編集方法は、ふさわしく感じる。
「バベルの塔」を広辞苑で見ると「ノアの大洪水の後、人々が天に達するような高塔を築き始めたが、神は人間の僭越をにくみ、人々の言葉を混乱させ、その工事を中止させたという。(創世記11章)」とある。
「僭越(せんえつ)」とは、でしゃばった態度のこと。「言葉を混乱させ」たというのは、さまざまな言語に人々を分けて意思の疎通を難しくしたこと。
そこから映画は、人間の「コミュニケーションの不足」、そして「孤立」「孤独」を見せていく。
コミュニケーションのひとつの手段である「声」をなくした菊地凛子さんの役は、象徴的な存在といえるだろう。
モロッコの2か所、日本、メキシコ(アメリカ)で起こる4つのものごとは、そのどこでも「コミュニケーションの不足」「そんなつもりではなかったのに」「なぜ、こんなことが」という事態が起こり、理解しあえないことも含めた、人間の悲しさ、愚かさを浮き彫りにする。
加えて、国家間の問題の難しさや、アメリカに出稼ぎに行かなくては生きていけないメキシコの貧しい人たちのことなど、社会的な面までもふれている。
世界のこと、人間のことを、まじめに考えている良作だと思う。
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(c) 2006 by Babel Productions, Inc. All Rights Reserved. |
菊地さんがエッチな行為に出過ぎる、という批判がある。私は彼女については、コミュニケーションの断絶の象徴と見るので、彼女の行動がいくら極端だとしても、それは彼女の心の悲鳴を表していると思いたい。彼女の演技によって日本人がどう見られるか、とか、聾唖(ろうあ)者がどう見られるか、という問題ではあるまい。
他者の注目をひくために、愛されたいために、裸になったりエッチな行動に出るしか手段をもたない彼女は悲しすぎる。
彼女がクスリをやるシーンは、裸になる正当な理由づけのひとつではないか、とも考えた。クスリで気分が大胆になっていたから、という。
彼女の露出行動の他にも、少年の覗き見、唐突な自慰シーン、怪我をした妻がおしっこを…というシーンなど、意味のない「下ネタ」「エッチ」描写があることに嫌悪感を抱く人も多いようだ。だが、そこに私は「人間くささ」を感じる。きれいなだけじゃないでしょう、人間なんて。絶対に、岩陰で突然オナニーしないと断言できる? もよおさないと言える? 怪我で動けなくても尿意はある。
それが生きている人間。悪いことをしているのではない。極端なことを言えば、そこまで含めて、いとしいと思わなくては、人間を愛することではないのではないか、と作り手は言いたかったのではないか。
当初、映画には日本語の部分に字幕がつかないということで、せっかく菊地さんが聾唖者の役でがんばっているのに、聾唖の人が映画を観ることを考えていない、というクレームがついた。
私が観たときは、英語日本語にかかわらず、すべての台詞に字幕がついていた。よかったと思う。
実際、映画のあと、聾唖の人たちが数人、手話で話し合っている光景を見た。
また、一部の映画館では、クラブのシーンで光の明滅で気分が悪くなる人が出ているが、これは私も少しやりすぎだと感じた。
どんなチカチカ映像でも、たいていは平気な私でさえ、目をそらしたほどだから。
2時間23分は長くなかった。え、もう(ここで)終わり? と思ったほど。
(ラストで役所さんが目の前の光景に驚かなかったのは、なぜか。ここは考えどころだ。)
さまざまな立場に置かれた(または、追い込まれて、ジタバタともがく)「人間(の悲しさ)」というものを見せつける力作。
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(c) 2006 by Babel Productions, Inc. All Rights Reserved. |
おまけ。発見! メキシコ(アメリカ)編の女の子は、ダコタ・ファニングの妹エル・ファニング!
(4月28日)
BABEL
2006年 アメリカ作品
監督 アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ
出演 ブラッド・ピット、ケイト・ブランシェット、菊地凛子、役所広司、アドリアナ・バラーザ、ガエル・ガルシア・ベルナル、エル・ファニング
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評価☆☆☆☆(4点。満点は5点)
● COMMENT ●
☆四つですね。
>しねまファイブさん
「21グラム」だって、ナオミ・ワッツさんが出ているから観たようなヤツですから。(この感想はホームページのほうにあります。)
隣の席の人は「なにが言いたいのか分からなかった」みたいなことを言ってましたし、「Yahoo!映画」などを見ると、否定的な意見も多いですね。
そういう意味では問題作かも。
もしも観られたなら、どう思われたか聞かせていただけると嬉しいです。(否定派だとしても。)
「バビル2世」が好きだった
凛子さんのシーンは、以前ネット上で偶然見つけてみてしまったんですが、たしかに体当たり、衝撃的かも。
ところでこのリストバンド、ボーさん、どうお使いになるんですか?!(笑)
>紅玉さん
「21グラム」苦手でしたか。同じ監督ですし、手法的には似ているところもありますね。
熟読、だなんて、とてもありがたいことです。
リストバンド…毎日つけて、世界をひとつにしようと訴えています…わけないでしょー! 部屋に置きっぱなし。オークションにでも出そうかな。
遅くなりましたが
モロッコの少年、メキシコ人家政婦、ブラピ、ケイトブランシェット夫妻。よかったですね。
伝えたい人は近くのいるのに、意思の通じないもどかしさ。悪意のない行動がちょっとした行き違いで裏目にでてしまう。
映画がうったえていることは分かるのですが、とってつけたような日本の場面に違和感を覚えました。
日本の女子高校生の描写が違うよなあ。というのを最後までひきずってしまいました。
菊地凛子さん。たしかになりきっててすごいとはおもいましたが、
女子高生に見えない。脱ぐとなおさら。
上映までにドレスアップした大人の凛子さんを
いろいろなメディアでみてしまっていたのがマイナスになったのでしょうか。
あれだけ大胆な演技をさせるには、ハイティーンの女優さんに無理だったのでしょうが、
それなら年相応のストーリーに変えればよかったのに…と思ってしまいました。
それに日本人なのに銃の扱いが軽率すぎる。モロッコに狩にいくかなあ。とか
日本じゃない国にしてほしかったなあ。
ボーさんの☆の数も参考にはしましたが、
ブラピが出ているというだけで映画館に足を運ぶ私ですから気になさらずに。
ダコタちゃんの妹、やっぱりかわいかったですね。
>しねまファイブさん
日本編に違和感ですか。たしかに、あんなことしないよなあ、と思わせることはありましたね。実際の私たち日本人から見ると、そういうところは分かってしまう。
外国映画が描く日本について、変なところがあっても、私は半ば許容するスタンスでいるのだと思います。
なんで日本が舞台か。日本が舞台の外国映画って最近多いですし、メキシコ、モロッコときて、もうひとつ選ぶなら日本にすると、地球を均等に割った3ヵ所(?)になるかな、という感じもあり、東京にはバベルの塔みたいなビルが林立し、精神的に満たされない都会としてピッタリだから(?)ということで、いかがでしょうか。(笑)
高評価ですね
ボーさんの感想は、隅から隅まで行き届いた内容になってますね。
コミュニケーション不足や孤独などのメインテーマをきっちり抑えながら、
下ネタに関しても人間くささを感じると、フォローを入れてますね。
ケイト(妻)が尿意をもよおすのはいいですよ。
夫婦の絆を取り戻した事がはっきりした、良いシーンだと思ったから。
あとは特に嫌悪感はなかったけど、必要あるのか?とも思いました。
あの女の子がダコタちゃんの妹だとは知りませんでしたよ!
>YANさん
ありがとうございます。
たしかに! 必要ないっちゃ、ないです! でも、あってもいい、みたいな?
ここまで、がっつり力入れて作った映画でもありますし、ちゃんと受けとってあげましょう、という感じも?
そうか、もうすぐ観てから1年経つんですねえ。
あのリストバンドは今どうしていますか。
菊地凛子効果で日本でもヒットしましたが、楽しい映画ではないですね~
家族で言ったとして、観た後今作について、いろいろ話し合う・・・かなぁ?
自分の中では色々考えると思うんだけど。。。
なかなかうまく言葉にまとめて伝えられない。ウ~ム、まさに「バベル」^^;
私はラスト、役所さんが驚かなかったのは
「チエコがここから飛び降りたのか」と思って(私はそう思った)ベランダをみにいって
でもそこにいるのを見つけてホッとしたからだと思いました。
しかし、あんなガラス張りのベランダ、あるんですか?怖いよ~
>わさぴょんさん
「人間の証明」のセリフですが。あ、麦わら帽子か!
…どこかに埋もれていると思います。
話し合うにも重い映画ですよね。
驚かなかった理由、なるほど。
それにしても、再見しようという気にならない映画ですねー。
いつもお世話になっているYANさんのブログからきました。
この映画は見終わった後に、「結構、奥が深いなあ」とあらためて感じる映画でした。
まず、何と言っても、この映画の内容を見事に表している「バベル」というタイトルが素晴らしいと思いました。
異国で言葉が通じ合えないせつなさ、聴覚障害者の人との通じ合えないせつなさなどを一丁の銃によるある事件をきっかけに、それらが通じ合えることになるというストーリーの素晴らしさに感心させられました。
それから、ブラピとケイトの渋い演技が光っていました。
ただ、何度も観たい映画か?と言われるとちょっと・・・・という映画ですね。
ということで、これからもどうぞよろしくお願いします。それとTBもお願いします。
>ホーギーさん
訪問ありがとうございます。
この監督、「21グラム」でも難しくて、そういうのが好きな監督なんだなあと思いました。
バベルは、ぴったりなタイトルですよね。
公開当時は、菊地凛子さんの話題も大きかったし、インパクトのある演技でした。
他にも、目がチカチカするとか、いろんな話題がありましたっけ。
こちらこそ、どうぞよろしくお願いします!
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重い映画でしたけど、最後まで引き込まれて観てしまいました。
過去・現在・場面がいろいろ入り混じって、別々の家族が一点でつながるという〔21g〕と似た手法らしいし、体調不良をよぶかも…ということで
DVDまで待とうかなあとちょっと思ってました。
やっぱり劇場へ行きます。