「パンズ・ラビリンス」 - 2007.10.08 Mon
少女が主役の可愛いファンタジーと思ってはいけません。圧倒的に残酷な戦争の現実を直視した、重い作品。
今年のアカデミー賞で、撮影・美術・メイクアップの各賞を受賞したことで、私はこの映画の存在を知った。
少女が迷宮へ行くファンタジー? 内容は分からないまま、今年いちばんといっていいほど、日本公開を楽しみにしていた。
初日初回、恵比寿ガーデンシネマは込むだろうからと、ワーナー・マイカル・シネマズ板橋に行った。空いていた。正解。
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(c) 2006 ESTUDIOS PICASSO,TEQUILA GANG Y ESPERANTO FILMOJ |
ストーリーの初めは…。
1944年当時のスペインは、自由や民主主義を許さない暴力的なファシズムで独裁政権を敷いたフランコが支配し、それに抵抗するゲリラ勢力との内戦が絶えなかった。
映画の舞台は、ゲリラが隠れ住む山中。ビダル大尉(セルジ・ロペス)率いる一隊が、彼らを掃討するために山地に駐屯している。
そこへ臨月のカルメン(アリアドナ・ヒル)と娘のオフェリア(イバナ・バケロ)がやってくる。カルメンのお腹の子はビダル大尉の子ども。再婚相手のビダルが、子どもを自分のそばで産ませるために母娘を呼び寄せたのだ…。
数冊の本を大事に抱えているオフェリア。父が戦争で死に、孤独な少女の心の支えは、本の中の世界だけだったのか。
新しく父となるビダルの、彼女に対する出迎えは、高圧的なものだった。
ビダルのあらゆる態度から、彼女は感じていただろう、この義父は私を愛していないと。
戦争に人生を翻弄される彼女は、悲惨な周囲の状況から目をそむけ、パン神の導く迷宮(パンズ・ラビリンス)のような世界に遊ぶ。もちろん、迷宮イコール安全な母親の胎内、への無意識な回帰願望と、とらえてもいい。
パン神がまた、独特の造形。善にも悪にも見えるところが、とてもいい。
オフェリアの最初の道案内を果たす昆虫(妖精?)にしても、可愛らしいとはいえない。
マンドラゴラの根は奇怪な赤ん坊のようだし、巨大なカエルも不気味。
極め付けは、のっぺらぼうのような男(ペイルマン)。動き出したかと思ったら、なんと目が…。これに追いかけられたら、気絶しそうなくらい恐ろしいかも。
まるで甘ったるいメルヘン(おとぎ話)になっていないのには、私は強烈に惹かれる。
(少女の)イマジネーションの素晴らしさ。
ファンタジー以上に、ホラー風味も存分にあるところが、いい。
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(c) 2006 ESTUDIOS PICASSO,TEQUILA GANG Y ESPERANTO FILMOJ |
一方のビダル大尉に象徴されるのは、残虐な現実世界だ。
やはり軍人だった父の遺した時計を大切にしていて、その父親のように立派な軍人として生きたいと望んでいる。
容赦なく人を殺し、拷問もする。ファシストそのものの存在であり、見る人から見れば、この世の悪魔でもある。
切られた口を自分で縫うのを、正面から撮っている場面がある。
口が裂けている映像もすごいが、痛さを堪えて縫うところを見せるとは、これまた、すごい。
この男の、底知れない怖さを表した。
ビダル大尉を演じるのは、セルジ・ロペス。私は彼の出演作では「ポルノグラフィックな関係」(1999年)を観ているが、今回の役柄とは似ても似つかない。
メイド頭(?)のメルセデスには、マリベル・ベルドゥ。「天国の口、終りの楽園。」(2001年)で、2人の青年と旅する女性を演じた人だ。
パン神とペイルマンは、ダグ・ジョーンズが演じた。彼はモンスターなどのクリーチャーに扮することが多く、最近では「ファンタスティック・フォー:銀河の危機」でシルバーサーファーになっていた。
メルセデスや医師など、信じることのために戦い壮烈に生きるゲリラ側の人間たちの描写も的確で、結果的に反戦映画にもなっているが、独特のダーク・ファンタジーの世界は、とても魅惑的。
きっと、これはギレルモ・デル・トロ監督でしか、なしえない映画の味わいなのだろう。
私は、この監督の作品は他に「ミミック」(1997年)しか観ていないが…そういえば、あれも新種の昆虫の話で、独特な風味があった。
ファシズムがはびこる社会では、無垢で自由な精神は弾圧される。
オフェリアにとっての生きる場所は、どこにあったのか。
ラストは深い余韻を残す。あまりにリアル。
実際にも戦争中には、似たようなことは多かったに違いない。
…しかし、少なくとも少女の夢の世界は、苛酷な現実の前でも、決して失われることはなかった。戦争のファシズムには負けなかったのだと思いたい。
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(c) 2006 ESTUDIOS PICASSO,TEQUILA GANG Y ESPERANTO FILMOJ |
(10月6日)
EL LABERINTO DEL FAUNO
2006年 メキシコ・スペイン作品
監督 ギレルモ・デル・トロ
出演 イバナ・バケロ、セルジ・ロペス、マリベル・ベルドゥ、アリアドナ・ヒル、ダグ・ジョーンズ
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評価☆☆☆☆(4点。満点は5点)
● COMMENT ●
あら、シルバーサーファーの人なんですか。
>香ん乃さん
しかも、知らない映画だったのに、いきなり3部門受賞。興味を引かれました。
半年以上も待たされましたが、観られて良かったです。
キングが絶賛してたんですか? なるほど、納得!
ぜひ、体調のいいときにチャレンジしてください。映画ファンを名乗るならば、見逃せない映画と思われます。
はじめまして
今回の外国語賞は本当にいい作品が多かった と まだ3作しか観てないのですが 感じます。
ソフィー・ショールも確かそうですよね?未見なのですが・・・(いつもレンタル中)。
善き人へのソナタ アフター・ウェディング このパンズ・ラビリンスを見比べると やはり 善き人へのソナタ が 一般受け度では一番勝ってますね。
ラストシーンの美しさが さらに悲しさをそそりましたが 結局自由軍が勝たないことをわかって観るとさらに悲しいですよね・・・。
では失礼いたします。
こんばんは
今、やってるんですね。これは観なくては。
板橋にワーナーマイカルがあるんですか?
行ったことないから、ボクも板橋にしよっかな(^~^。
>プリシラさん、kiyotayokiさん
私は「善き人へのソナタ」「アフター・ウェディング」などなど、観ていないのですよ。
その映画に観たいポイントがないと、なかなかチェックには至らなくて…。
「パンズ・ラビリンス」は一般受けという意味では、少し、むずかしいですよね。
コメントありがとうございました! またよろしくお願いします。
kiyotayokiさん、思い出してもらえましたか? では、観に行きましょう!
東武東上線の東武練馬駅下車、3分くらいです。池袋から各駅停車でないと止まらないのがネックでしょうか。池袋から、そんなに遠くはないです。
穴場ですよ。ぜひ一度!
牧神=シルバーサーファー!!!
俳優って凄いですね。 ・・・なんか軽くちょっとショック。
配給の会社の方は、キャッチコピーとかご苦労されたみたいですよ。
こういう作品を日本でもバンバン興行していただきたいです。
これ、やっと日本に来ましたか!長かったですね~
やっぱり面白そうで期待が高まります♪
でも私が観るのはまだまだ先になりそう・・・(++)
>紫さん、わさぴょんさん
かぶりもの俳優じゃないですけど、おもしろいものですね。
この映画のキャッチコピー、知らないんですけど、何も知らずに観たほうがインパクトがあってよかったなと思います。
知らないで観て失敗する場合もあるので、賭けみたいなものですが…。
わさぴょんさん、そうなんですよねー。アカデミー賞のときに知ったのですから、それから長かった。
でも、待ったかいがあった映画とも言えます。
DVD待ちでしたら、あと半年後? ぜひ忘れずにチェックしてくださいね!
わたしもこの作品、初日にはりきって観てきました。
シルバーサーファーの人だったとは知りませんでした☆
ヘルボーイもそうみたいですね。
『ミミック』気になってたけど未見だったのでこれをきっかけに観たくなりました。
あの化け物たちがすごく良かったです♪
きょう、あずきで
でも、華子さんと流出したいなぁ。
でも、執着したかったみたい。
だけど、きょうノーマ・ジーンが尋問しなかった。
>migさん、ノーマ・ジーン
トロ監督、(デル・トロ監督といったほうがいいのでしょうか)「ヘルボーイ」も観てみたいですね~。
その代わり、週末あたりに「デビルズ・バックボーン」を観る予定です。
「ミミック」は、あまり覚えてないですが、ヒロイン(ミラ・ソルヴィーノ)が襲われるシーンが、ちょっと怖かったです。
ノーマ・ジーン、うーん、「流出」って何だか、ヤバそうな言葉だなー。どこで覚えてきたん? うちで、そんな言葉使ったかなー?
尋問は、しなくていいよ! 分かった?
TB&コメントありがとうございます♪
そうそう、メルセデス役のマリベル・ベルドゥ、どこかで見た女優さんだなと思ってましたが、「天国の口、終りの楽園。」の彼女でしたね♪
>kiyotayokiさん
愚なる感想文も、たまには役立つなー、と。
私はベルドゥさん、「天国の口~」を観ていたにもかかわらず、気づきませんでしたっ!
たびたびお邪魔しちゃって恐縮です。
もらいました。
ベルドゥさん、見てるうちに気づいたことは気づいたんですが、
ちょっとお年をめしたせいか、今回はエジプト人タレントの
フィフィさんをつい思い浮かべてしまいました(^^;
>kiyotayokiさん
言われてみて、この感想文の最初の画像のベルドゥさんを確認してしまいました!
ううむ…たしかに似ている…のかな? 私は観ているときは、そんなことは思わなかったですよ~。
フィフィさんは、これから、いろんな番組で売れっ子になるでしょうか。
この作品のキャスト&スタッフは、ほとんど馴染みのない方ばかりでした。
かろうじてギレルモ・デル・トロ 作品は1作品を観てるのみでしたが、
他の作品も観てみたくなりました。
将軍の怖さは本当にモンスター以上!彼の姿が映るだけで心臓がバクバクでした(^^;
音楽もとてもよかったですね。TBさせていただきます~。
>kiraさん
デル・トロ監督作品は、私も過去、かろうじて「ミミック」は観ていましたが、ほとんど知らないようなものでした。
このあと「デビルズ・バックボーン」を観ましたが、これもよかったですよ。
ホント、人間がいちばん怖いです…。
ダグ・ジョーンズのお顔が見たい。
恵比寿ガーデンシネマで観ましたが、12月になってもまだ公開が続くそうです。注目度の高い作品なのですね。平日の夜に観ましたが、公開してずいぶんと日が経っているにもかかわらず、それなりにお客さんが入っていました。
>香ん乃さん
コメントの文面から、それほど気に入らなかったかなと思って、感想を読みに行きましたが…案の定でしたか。
私は、もう1回観てみたいくらいなのですが。
たぶん、いろんな「今年度の映画ベスト投票」でも、いいとこ行くのでは、と思います。
うん・・・
そうですね!その通りです。
ファシズムに少女の夢が負けたわけでは、決してないんですよね。
>まるで甘ったるいメルヘン(おとぎ話)になっていないのには、私は強烈に惹かれる
私も、とってもとっても惹かれました。
すごく恐ろしくて、素敵な夢でした。
マンドラゴラの叫び声は、悪夢のように凍りつきそうでした。
>とらねこさん
書き手として、それ以上の喜びはありません。
とらねこさんはホラー好き(?)なので、この映画のテイストも気にいられたでしょうね。
そうそう、あの叫び声は、すごかったです。
いろんなことの意味を確認するのに、もう一度観たいなあと思いつつ…今まで時が流れてます…。
No title
久々にボーさんと好みが合いましたね~(^^)
私もボーさんの最後の一行には、うんうんと納得しました!
少女は現実逃避をしたのでもないし、
自分なりに恐怖の試練と闘って、負けなかったんだと思います。
私はあの子守唄が、ホラーのようにとっても恐しく聴こえました(^_^;
>YANさん
全体には、合ってるほうが多いですよ、きっと。
すごーく印象的な映画でしたね。最後は、そんな希望でも持たないと、やってられません…。
子守唄、いま覚えてないんですよ…そんなに怖かったでしたっけ。
いつか再見したい1本です。いまはあまり気が進まないけど。
やっと観たのです^^
期待を裏切らない素晴らしい作品でした♪
メルセデス、あの「天国の口」の彼女!!
気付かなかった~そういわれればそうだな~
ところでマンドラゴラって、叫び声を聞くと死ぬって言われてますよね?
「抜く時の叫び声」以外は大丈夫なんでしょうか?
>わさぴょんさん
私なんて1年前なので記憶が…。
そろそろBSでも放送しそうですけど。
素晴らしいイマジネーションをもった映画でしたね。
マンドラゴラですか? 縁がないので、なんともお答えのしようが…。
そばで見てみたいですけど。
コメント&TBありがとうございました。
どちらがどうということは無しにして、やはり、各人の感じ方は多様ということでしょうね。ダーク・ファンタジーは私は苦手のジャンルです。
>アスカパパさん
不思議な作品です。
残酷テイストが入ってますが、これは大人が観るにはいいのではないかと思います。
「ミミック」の監督さんだったんですか。
虫たくさんでしたね(笑)
>チェズさん
デル・トロ、このあとに借りて見た「デビルズ・バックボーン」も良かったですよ。(ごらんになってましたっけ?)
おはようございます。
でも、テレビ前に釘付けでした。
こんなに長々と見た経過を書かなくても良い様なものですが、つまり、ラッキーだったと言いたかったわけなんです(汗)
こういう映画は大好きです。でもあれやこれやと思考が廻り、私自身がパンの迷宮に迷い込んでしまったように感じました。でも先日お邪魔したYANさんのところでも感じたのですが、ボーさんの記事も凄く丁寧で迷宮の心強い道案内に思いました。この映画の感想にこの映画に対しての「愛」を感じてしまったと言ったら、ちょっと大げさでしょうか(笑)
>kiriyさん
ちょっと見てみようかなと思って、出会ったラッキー。人生って、そんなことありますよねえ。おおげさでなく。
確かに「愛」のようなものは持っていますね、これに限らず、好きな映画には、そんな感じはありますけど。そう感じていただくと、ありがたいです。
好きななかでも、心に印象を残す作品ですね。
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観たいんですよね、この映画。同じくオスカーで知って、ずっと気になっていました。「可愛らしいファンタジーではない」とは以前からなんとなく耳に入っていたんですが(スティーヴン・キングが絶賛するくらいだし)、本当、凄まじいようですねぇ。
すごく観たい、という気持ちは変わりませんが、体調がよくて気持ちがしっかりしてるときに観にいこう、と思いました。